
海外では、除虫菊やタバコなどが18〜19世紀頃から殺虫剤として使われるようになりました。中でも1873年に、偶然のきっかけから発見された「ボルドー液」はブドウの病気を防ぐ農薬として知られています。
ブドウの産地として知られるボルドーは貿易港でもありましたが、地元の農家の人々は、他国から来た船員などがブドウを盗んでいくのを苦々しく思い、ブドウの実に青い色を付けて被害を防ごうと、硫酸銅の液を塗りつけ始めました。中には、硫酸銅に石灰を混ぜて、雨が降っても落ちないように工夫した人もいたようです。ちょうどその時、ボルドー地方のブドウ園で流行していた「べと病」という病気のため、ブドウ園を見回っていたボルドー大学のミヤルデ教授は、盗難防止のために色を付けたブドウにはべと病の被害が少ないことに気付きました。そして実験を行ったところ、硫酸銅に石灰を混ぜて作った液が、べと病の予防に効果があることを発見したのです。この液は「ボルドー液」と呼ばれ、農薬として使用されるようになりました。以来100年以上にわたって使われ続けている長生きな農薬として知られています。
日本では、1918年に貯蔵米の害虫であるコクゾウムシに、クロルピクリンが効果を示すことが確認され、1921年に製造が国産化されました。これが日本における農薬工業の始まりとされています。
有機合成農薬時代の先駆けとなったDDTは1873年にすでに合成されていましたが、特に用途が見つからないまま放置されていました。ところが1940年に、殺虫剤として威力を発揮することが発見されると、マラリアの原虫を媒介するカを駆除するため、第二次世界大戦中の連合軍が前線で活用し始めました。戦後は世界中に広まってマラリアを防ぐために貢献し、また日本にも導入されて、ノミやシラミ、カ、ハエなどの防除に大きな成果を上げました。また1947年からは稲作の害虫防除剤として使われ始め、これにより、農薬を使った害虫の防除法が確立したのです。
(注)現在では、DDTは使用・販売禁止農薬となっています。
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